お子さんに多い中耳炎 ~急性中耳炎と滲出性中耳炎~
1.耳の構造と音の伝わり方
耳は、外側から外耳、中耳、内耳に分けられます。鼓膜の奥に中耳という空間(中耳腔)があり、そこに鼓膜の振動を内耳に伝える3つの骨(耳小骨)が吊り下げられています。また、中耳の奥の骨の中には、内耳と呼ばれる図のような形のトンネル構造があります。このトンネルは内耳液で満たされ、その中に「聞こえ」や「バランス」の感覚細胞が配列しています。
鼓膜がとらえた音の振動は、耳小骨(ツチ骨・キヌタ骨・アブミ骨)がテコの原理で振動エネルギーを増幅させて、アブミ骨が付いている内耳の窓(前庭窓:ぜんていそう)から内耳に伝達されます。この振動を内耳の感覚細胞が感知し、電気信号として脳に送り音を認識します。また、内耳に入った振動エネルギーは別の窓(蝸牛窓:かぎゅうそう)から中耳腔に放出されます。
中耳は鼓膜によって外耳と隔てられているため、外耳から中耳への空気の入れ換えはできません。中耳への空気は、鼻の奥(鼻咽腔)から耳管を通じて入ります。さらに、入った空気は鼓膜の裏から耳小骨の周りのスペースを通って中耳の奥深くまで換気されています。
しかし、①耳管から鼻の奥にある細菌も一緒に入ってしまうと急性中耳炎を発症したり、②耳管から中耳の奥隅々までの換気が損なわれると、中耳に水がたまる滲出性中耳炎や、鼓膜が中耳腔奥の壁(鼓室壁)に癒着してしまう癒着性中耳炎、鼓膜や外耳道の皮膚が耳小骨の裏や中耳の奥深くに吸い込まれる真珠腫性中耳炎など、さまざまな問題を生じることになります。
2.幼小児に中耳炎が多いのはなぜ?
○中耳炎罹患の背景
幼小児の耳管は大人に比べて、水平で短く、耳管周囲の筋肉は未発達で耳管の開閉がうまく働きません。さらに、鼻の奥(鼻咽腔)に耳管は開いていますが、この隣にアデノイド(鼻の奥にある扁桃組織)が存在します。幼小児のアデノイドは時に肥大傾向にあります。肥大があると鼻呼吸が出来なくなったり、汚れた鼻水が耳管周囲(耳管咽頭口周囲)に貯まりやすくなります。
このため、鼻の奥が汚れていると、耳管を通して中耳に感染が波及し易くなります(経耳管感染)。風邪を引くたびに中耳炎になるお子さんが多いのはこのためです。
けれども、成長と共に耳管の構造や筋肉の働きは改善し、免疫も確立することで、小学校に入る頃から中耳炎罹患の頻度は少なくなります。
3.急性中耳炎
1)急性中耳炎の症状
急性中耳炎の鼓膜は発赤や腫脹が著明で、中耳腔には化膿性の貯留液を認めます。時に鼓膜が破れて耳漏(耳だれ)として排膿されます。
耳痛、耳閉感、発熱、聴力低下、耳漏(耳だれ)などが主な症状です。
2)幼小児の急性中耳炎に対する治療
治療は病状を診て以下の治療法を選択します。
- 抗生剤や消炎剤の内服や点耳
- 鼓膜切開し貯留液を排膿、
- 耳漏(耳だれ)があれば、耳内のクリーニング
- 併発している上気道炎の治療
耳漏や切開により生じた鼓膜の穴は2~3日で閉鎖します。
しかし、鼓膜切開はお子さんにとって大きなストレスであり、とくに風邪ひくたびに中耳炎を繰り返すお子さんに何度も鼓膜切開を行うことは、施行する側の私たちにとってもジレンマを感じます。
3)急性中耳炎罹患後の経過
多くは、治療と上気道炎の改善により軽快治癒に向かいます。しかし、上気道炎を繰り返すと中耳炎が再燃してしまうこともあります。
また、症状が改善して治ったと思っていても、実は後述の「滲出性中耳炎」の病態に移行しているお子さんもいます。
☆従って、急性中耳炎が治ったことを、その都度、かかりつけの先生に確認して貰うことが大切です。
4.滲出性中耳炎
1)滲出性中耳炎の症状
滲出性中耳炎では、鼓膜発赤などの局所炎症所見が穏やかで、耳痛、発熱、耳漏などの症状に乏しいことが特徴です(写真)。そして、本人の訴えがないまま滲出性中耳炎が見過ごされ、保護者がお子さんの聞こえが悪いことで受診されてはじめて、その存在がわかることがあります。
2)滲出性中耳炎を生じる要因
前述の中耳炎罹患の背景要素が改善されず続いていたり、急性中耳炎が治りきらないうちに再び上気道炎に罹患したり、耳痛などの症状が改善したため治ったものと判断して治療が中断されたり、など色々あります。
3)滲出性中耳炎の問題点
発見が遅れ、その間に滲出性中耳炎の経過が長くなっていると、健全でない中耳環境が続くことから、鼓膜がオブラートのように薄くなり内陥して奥の壁(鼓室壁)に癒着してしまう癒着性中耳炎や、鼓膜や外耳道の皮膚が耳小骨の裏に吸い込まれて真珠腫性中耳炎に移行したり、中耳粘膜病変が進行してコレステリン肉芽中耳炎になっていることもあります(後述)。
4)幼小児の滲出性中耳炎に対する治療
治療は、抗生剤や消炎剤の内服、症状によっては鼓膜切開し排膿する処置と、急性中耳炎の場合と基本的には同じです。しかし鼓膜切開の穴は2~3日で閉鎖するため、再び中耳腔に滲出液が貯留してしまうこともしばしばです。
このため、急性中耳炎よりも長い経過を見据えた治療になります。
- 中耳炎を反復罹患する場合や治癒が遷延化する(なかなか治らない)場合には、後述する換気チューブ留置術を選択します。
- アデノイドは鼻の奥にある扁桃の一種で、アデノイド肥大があれば、前述のように、鼻呼吸ができなかったり、肥大で耳管が圧迫されたり、細菌感染の温床となることがあります。
チューブ留置術を行っても滲出性中耳炎を繰り返す場合にはアデノイドを取る手術も検討します。
*アデノイド切除術は全身麻酔下で30分程度の手術です。
3泊4日の入院で、術後の痛みはありません。術後、鼻呼吸が改善しますので、イビキをかかなくなったり、ぐっすり眠れるようになることで体力がつく効果もあります。
- 副鼻腔炎やアレルギー性鼻炎の治療を根気よく行う。
5)滲出性中耳炎に対するチューブ治療
○チューブ治療の考え方(コンセプト)
滲出性中耳炎では、粘性の強い液体が貯留するため、耳管機能が弱い幼少児では自力による中耳貯留液の排泄が困難となります。
そこで鼓膜切開して中耳貯留液を吸引除去した後、この穴が閉じてしまわないようにパイプ状のチューブを置いて一定期間中耳腔に安定した換気を維持することがチューブ治療です。これにより、
- 中耳貯留液の耳管からの排泄を助けます。
- さらに中耳に換気を回復させ、中耳の環境を整えて、傷んだ中耳粘膜が回復する時間を稼ぐことを目的にします。
○チューブ治療の実際
チューブ治療は、急性中耳炎を繰り返す場合や、滲出性中耳炎の経過が長くなる場合などに選択します。
チューブは、鼓膜に一定期間留置されてから自然に外耳道に排出されて鼓膜の穴も閉鎖します。留置期間はチューブの形にもよりますが、3ヶ月~6ヶ月くらいです。また1年程度留置できるチューブもあります。
チューブが留置されている期間は、多少の上気道炎に罹患しても中耳炎が再燃しにくい環境となり、お子さんを中耳炎の治療から解放することができます。
しかし、チューブが離脱した後、再び滲出性中耳炎になる場合もあります。症状に応じて再度チューブを留置するお子さんもいます。
けれども、チューブが留置されていた3ヶ月~6ヶ月間は、お子さんにとっては人生の何割かに相当していますので、この間にお子さんの免疫状態や耳管機能は大きく変化しています。このため、中耳炎が再燃しても以前より病態が軽くて済むことが多いようです。
○JR札幌病院での実際
チューブ留置操作の時間は20分程度です。鼓膜に局所麻酔を行って痛くない状態で留置できますが、当院では、小さいお子さんや耳の処置にストレスを感じているお子さんには全身麻酔で行います。2泊3日の入院体制ですが2泊外泊として病院に泊まることはありません。
○チューブ治療の問題点
とはいうものの、異物であるチューブが鼓膜に一定期間留置されるため、
- チューブの周りに痂皮(かさぶた)が付着したり、耳の外から汚れを受けやすくなります。
- チューブが入っていても、中耳炎の発症を完全に防ぐことはできません。
中耳炎になった場合は、耳痛や発熱などの激しい症状はないのですが、チューブが詰まったり、チューブを通して耳漏(耳だれ)を生じます。多くは、抗生剤の内服や耳内のクリーニングで解決・改善します。
しかし、耳漏が続く場合はチューブを抜去します(チューブには糸がついているため、簡単に取り除くことができます)。 - チューブが鼓膜に負担をかける可能性は否定できません。頻度は少ないですが、
ⅰ)チューブが入っていた鼓膜の部分が薄くなり、鼓室壁と癒着してしまう。
ⅱ)チューブが離脱後、鼓膜に穴があいてしまう。 などです。
鼓膜に穴が残ってしまった場合は比較的簡単な手術で閉鎖が可能です。しかし、穴が小さい場合は、チューブに頼らなくても中耳に安定した換気を維持できています。このため、穴の閉鎖は急がず、滲出性中耳炎の好発年齢を過ぎた時期に検討することもあります。
☆チューブ治療中は、多少の上気道炎に罹患しても耳の症状がないことが多いので、ついチューブが入っていることを忘れがちになりますが、チューブという異物を装着していることに変わりはないので、離脱するまでは定期的に耳の点検を受けて下さい。
5.危険な滲出性中耳炎および後遺症
滲出性中耳炎の経過が思わしくなく別の病態に移行した結果、手術(鼓室形成術)が必要となる中耳炎を列記しました。
- コレステリン肉芽中耳炎:中耳腔の換気不全や炎症が長期に及ぶと、中耳粘膜が傷むことでコレステリン結晶が析出され、これに対する異物反応で炎症が複雑長期化する中耳炎で、青色鼓膜が特徴的です。軽症であれば、チューブ留置により中耳腔に換気をつけることで、傷んだ中耳粘膜の改善を待つことも可能ですが、この保存的治療に限界がある場合は手術治療を選択します。
- 菲薄化鼓膜:鼓膜全体がオブラートのように薄くなり、内陥して鼓室壁に接触、その結果、キヌタ骨とアブミ骨が浮き出てみえます。癒着性中耳炎や真珠腫性中耳炎の一歩手前の状態です。
- 癒着性中耳炎:鼓膜が鼓室壁と癒着すると中耳腔への換気が保てず、さらに真珠腫性中耳炎に移行する可能性を生じます。
- 真珠腫性中耳炎:主に中耳腔への換気不全状態が長期間続くことで、鼓膜や外耳道皮膚が中耳腔に吸い込まれることから発症します。そして、鼓膜や外耳道皮膚からでた垢が中耳腔に蓄積していきます。
垢の貯まった皮膚の袋を真珠腫と呼びます。垢が貯まるにつれて真珠腫は周囲の骨を吸収しながら袋は大きくなり、感染を受けやすくなります。この様にして中耳構築の吸収破壊が進行し、さらに進行すると、内耳の構造も壊れたり、顔面神経に影響が出たり、頭蓋底内に感染が波及することもあります。
6.最後に
幼小児期の多くの中耳炎は(反復したり、経過が長くなっても)耳管機能が確立する6歳頃になると減少します。
この年齢に達するまでは、危険な中耳炎の病態に移行しない様に気を配ること、そして、中耳炎に罹患した場合は、治癒したことを確認することが大切です。