鼓室形成術が必要な中耳疾患
※ページ内に、手術中の画像などあります。気分の悪くなる方は閲覧をお控えください。
Ⅰ.当科における鼓室形成術への基本姿勢
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壊れた中耳腔を再構築して維持することで、中耳炎の慢性炎症を治す。
さらに内耳障害を併発する危険性も解消する。
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その上で、音が伝わる機構を再構築し、伝音聴力を改善させる。
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上記1.2.の状態を生涯維持する。
Ⅱ.正常な耳と音の伝わり
1.正常な耳内
耳の中を覗くと突き当たりに半透明の膜である鼓膜を見ることができます。
鼓膜は、外側(外耳道側)が「皮膚層」、内側(中耳側)が「粘膜層」、その中間が「繊維層」の3層で構成されています。
このため、鼓膜の表面からも皮膚の垢ができます。この垢は少しずつ外耳道の外方向に移動するため、鼓膜表面に堆積することはありません(自浄作用があります)。
しかし、鼓膜や外耳道に凹みができると、そこに垢が堆積しやすくなります。このまま長時間経過すると、堆積する垢の刺激で凹みが更に深くなり、後述する様々な問題を生じることがあります。
2.耳の構造と音の伝わり
耳は、外耳、中耳、内耳に区分されます。鼓膜の奥の空間を中耳腔と言い、ここに鼓膜の振動を内耳に伝える3つの耳小骨が靱帯でつるされています。外耳と中耳は鼓膜で遮蔽されているため中耳腔の空気は耳管を経由して鼻の奥(鼻咽腔)から換気されます。耳管から中耳への換気が傷害されると、中耳に様々な問題を生じることになります。
上図の矢印は、音が伝わる経路を示したものです。光を集める凸レンズのように、音の振動エネルギーを耳介が集めて外耳道に送り込み鼓膜を振動させます。
鼓膜と内耳の窓の面積比や音を伝える3つの耳小骨のテコの作用が加わり、鼓膜が受けた振動のエネルギーは約21倍に増幅されて内耳に入ります。
内耳では、内部に配列している聴覚細胞が、入ってきた周波数やエネルギーの異なる振動を電気信号に変えて、これらを神経を経由して脳に送り、音が認識されます。
聴力障害(難聴)には、音が内耳まで伝わらない「伝音難聴」、伝わった音を感じとることができない「感音難聴」、そして両方の要素が混在する「混合難聴」に分けられます。
中耳炎の病態が慢性化すると、鼓膜や耳小骨、そして中耳の構築が壊れていきます。その結果、外耳から入った音の振動は、中耳から内耳に伝わりにくくなり、聴力低下(伝音難聴)を生じます。
また、中耳の構築が壊れることで中耳炎も治り難くなります。中耳の炎症が内耳に波及して聴覚神経や平衡感覚の神経が傷害されると、高度の聴覚障害(感音難聴)や「めまい」がおこる危険が生じます。
このため、慢性化した中耳炎では、内耳障害を防止する面からも、壊れた中耳構築から治す手術治療(鼓室形成術)が必要となります。
しかし、既に障害に陥った内耳の機能は鼓室形成術により改善させることはできません。
Ⅲ.鼓室形成術をおこなう中耳炎
薬や外来治療では治しきれない中耳の病変に対して、耳内部の病巣を処理して感染を抑え、さらに中耳の形態を整えて感染の再発を防ぎ、音の伝わりを改善する手術を鼓室形成術と言います。
病態に応じて、鼓膜を形成し耳小骨のつながりを再建する操作を行います。これらの操作は手術用顕微鏡で行う場合(図1)と、内視鏡を用いて耳内から行う場合(図2)があります。


内視鏡手術は、治療箇所が主に鼓膜や鼓膜の裏の中耳腔に限局し、感染がない場合に選択しています。一方、手術用顕微鏡を用いた手術は、①感染がある場合、②外耳道の曲がりが強く狭い場合、③健全な中耳腔を再構築するうえで外耳道・中耳腔・上鼓室・乳突蜂巣の形態を整える必要がある場合に選択します。また、両者を併用して手術を行う場合もあります。
鼓室形成術を必要とする中耳の疾患にはこのような中耳炎があります。
鼓室形成術が必要となる主な中耳疾患
1.穿孔性中耳炎
鼓膜に穿孔を生じることで、音が内耳に伝わりにくくなり聴力が低下します。
また、外耳と中耳が交通することで中耳が汚れやすくなり耳漏(みみだれ)を繰り返す原因になります。
さらに中耳が汚れる状態が長期間持続することで影響が内耳におよび、内耳の感度が低下すると聴力は悪化してしまいます。
2.癒着性中耳炎
鼓膜が鼓室壁に癒着した病態の中耳炎です。
ⅰ) のように穿孔と癒着が混在する場合もありますし、ⅱ) ⅲ)のように鼓膜全体が癒着してしまう場合があります
「耳管機能不全」や、「はなすすり癖」が背景にあることが多いようです。
また、小児期の滲出性中耳炎の後遺症として、この病態に移行することもあります。さらに、後述する真珠腫性中耳炎に移行する危険性もあります。
3.真珠腫性中耳炎

①弛緩部型真珠腫(発症形態)

②緊張部型真珠腫(発症形態)

③二次性真珠腫(発症形態)

4.鼓室硬化症

5.コリンエステリン中耳炎

6.中耳炎術後症例(手術後の経過不良例)



Ⅳ.伝音聴力再建法

Ⅴ.当科の入院内容
●入院中の治療について
鼓室形成術を行う年齢に制限はありません。
2~3歳のお子さんから80歳以上の方まで、幅広い年齢層の患者さんに行うことが可能です。
- 当科では手術は全身麻酔で行います。手術の出血は少量で、体力的な負担をかけることなく行うことができます。
- 術前・術後を通して基本的に痛みを伴う治療はありません。
- 術後3日めにドレーンを抜去し、7日めに耳後部の傷から抜糸します。
- 抜糸した翌日か翌々日に退院し、隔日から週2回程度の外来治療で仕上げます。
- 内視鏡手術の場合は、術後2~3日で外来処置体制に移行します。
外来処置体制から2週間程度で経過観察体制に移行します。
ただし、遠方で通院できない方の場合は、術後処置体制が終わる2週間前後の入院体制を見込んでいます。
<補足>
鼓室形成術では、ここに掲げた3項目を果たすことを目標にしていますが、中には術後に何らかの問題を生じてしまうこともあります。
このため手術後も経過観察が大変重要となります。
経過観察は、術後から少しずつ受診間隔を広げ、術後2年経過以降は1年に1回程度で拝見しながら、これを続けています。
この理由は、たとえ何らかの問題を生じていても、この経過観察期間の中で発見できれば、外来処置や簡単な修正手術で問題点を解消できることが多いのですが、それを逃すと再びはじめから治療を繰り返さねばならなくなることもあるからです。
Ⅵ.中耳手術の症例呈示
- 穿孔性中耳炎
- 癒着性中耳炎
- 真珠腫性中耳炎
- 鼓室硬化症
- コレステリン中耳炎
- 中耳炎術後症(手術後の経過不良例)
1.穿孔性中耳炎
症例1: 60歳、左耳 内視鏡を用いた鼓膜穿孔閉鎖手術



-■-:術前聴力
症例2: 33歳、右耳 伝音再建Ⅰ型
症例3: 67歳、左耳 伝音再建 Ⅲi-M
症例4: 68歳、右耳 伝音再建 Ⅱ型
2.癒着性中耳炎
症例1: 42歳、右耳 伝音再建Ⅲc
症例2: 54歳、右耳 伝音再建Ⅲi-M
症例4: 64歳、左耳 伝音再建Ⅱ型
3.真珠腫性中耳炎
① 弛緩部型
症例1: 30歳、右耳 伝音再建Ⅲi-M
症例2: 30歳、左耳 伝音再建Ⅲi-M
症例3: 25歳、右耳 伝音再建Ⅲi-M
症例4: 25歳、右耳 伝音再建Ⅲc
② 緊張部型真珠腫
症例1: 63歳、左耳 伝音再建Ⅲc
症例2: 13歳、左耳 伝音再建Ⅲc
症例3: 8歳、左耳 伝音再建法Ⅰ型
症例4: 8歳、左耳 伝音再建法Ⅰ型 顕微鏡・内視鏡併用手術
※真珠腫は内視鏡を用いて摘出
③ 弛緩部・緊張部複合型
症例1: 28歳、右耳 伝音再建Ⅲc
症例2: 36歳、左耳 伝音再建Ⅲc
症例3: 67歳、左耳 伝音再建Ⅳc
④ 二次性真珠腫
症例1: 49歳、左耳 伝音再建法Ⅲc
症例2: 23歳、左耳 伝音再建法Ⅲr
⑤ 先天性真珠腫
症例1: 6歳、右耳 内視鏡下真珠腫摘出手術



症例2: 3歳、左耳 伝音再建Ⅳc
症例3: 6歳、左耳 伝音再建Ⅰ型
症例4: 6歳、右耳 伝音再建Ⅳc
4.鼓室硬化症
症例1: 59歳、左耳 伝音再建Ⅲc (1)
症例2: 62歳、右耳 伝音再建Ⅲc (1)
5.コレステリン中耳炎
コレステリン中耳炎(右耳)18歳 伝音再建Ⅲr (1)
6.中耳炎性術後症
症例1: 53歳、右耳 伝音再建法Ⅲc
症例2: 34歳、右耳 伝音再建法Ⅲc
症例3: 36歳、右耳 伝音再建法Ⅲc
症例4: 24歳、右耳 伝音再建法Ⅲc
症例5: 30歳、右耳 伝音再建法Ⅲc